正確性ポリメラーゼの特長とアプリケーション |
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正確性ポリメラーゼはその名の通り正確に DNA 複製ができる DNA ポリメラーゼである。つまり PCR においてはエラーが入るリスクが少なく、正確な増幅が可能である。特に以下のアプリケーションでは正確性が求められる。 |
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・クローニング (特にタンパク質発現やゲノム編集、遺伝子研究用) |
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・一塩基多型 (SNP) 解析 |
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・RT-PCR による RNA 解析
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・次世代シーケンス用ライブラリー調製 (ライブラリーの増幅、アンプリコンの調製など) |
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DNA ポリメラーゼの正確性とは? |
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DNA ポリメラーゼは DNA を複製する酵素であるが、時として A-G のように間違った塩基を取り込んでしまうことがある。このような間違った塩基を取り込む頻度がエラー率であり、後述する実験により求められる。これを基準にして以下の表記方法がある (例は Taq DNA ポリメラーゼについて記す)。なお、この正確性 (エラー率) はその評価方法によって値が異なる。 |
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・塩基当たりのエラー率 : 1 塩基あたりに起こりうるエラー頻度 (例 : 2.7 x 10-4 subs/base/doubling) |
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・エラーが発生する塩基頻度 : 塩基当たりのエラー率の逆数 (例 : 6,500 塩基に 1 箇所) |
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・正確性 : Taq に対するエラー比率 (例 : Q5 Fidelity: x 280) |
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正確性の測定方法 |
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様々な方法があるが、大きく以下の 2 つが挙げられる。測定方法によって得られる正確性数値が異なるため (以下表)、異なる DNA ポリメラーゼの正確性を知る場合、例えば複数社の製品を比較する場合にはその測定方法も調べたほうががよい。
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1) 大腸菌コロニーの青白安定:LacZα 遺伝子を PCR で増幅、大腸菌にクローニングして 各コロニーの X-gal の分解能を調べる。エラーが入っていない場合、X-gal が分解されて青色の 5-ブロモ-4-クロロ-インドキシルが発生、コロニーの色が青色になる。一方、エラーが入った場合には、X-gal が分解されず、コロニーは白色を呈する。この白色コロニーの発生率で増幅エラー率 (正確性) を評価する。ただし、LacZα の機能に変化を与えないサイレント変異は検出ができない。 |
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2) サンガーシーケンス:あるテンプレートと領域を PCR で増幅、それを一旦クローニングしてから、そのプラスミドをサンガーシーケンスする方法である。塩基配列の確認ができるため、青白判定では検出できないエラーも検出できる。ただし、一旦大腸菌に形質転換をするため、PCR エラーが大腸菌内の修復機構により修復されてしまうことがある。 |
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3) 次世代シーケンス:様々なテンプレートと領域を PCR で増幅、それをシーケンスする方法である。次世代シーケンスを用いた大規模かつ 1 分子レベルの測定により、極めて高い精度で評価ができる。 |
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表:代表的な正確性評価方法と Taq / Q5 の正確性 |
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方法 |
Taq DNA Polymerase |
Q5 DNA Polymerase |
大腸菌コロニーの青白判定 |
全コロニー数 |
30,192 |
22,296 |
白コロニー数 |
17,589 |
119 |
塩基当たりのエラー率 |
2.7 x 10-4 (± 0.8 x 10-4) |
1.4 x 10-6 (± 0.6 x 10-6) |
エラーが発生する塩基数 |
3,700 bases |
710,000 bases |
正確性 (xTaq) |
1 |
193 ± 101 |
サンガーシーケンス |
全クローン数 (全塩基数) |
340 (215,000 nts) |
710 (440,000 nts) |
検出エラー数 |
279 |
2 |
塩基当たりのエラー率 |
~3.0 x 10-4 |
~1.0 x 10-6 |
エラーが発生する塩基数 |
3,300 bases |
1,000,000 bases |
正確性 (xTaq) |
1 |
~300 |
次世代シーケンス (PacBio) |
全塩基数 |
98,396,789 |
112,619,228 |
検出エラー数 |
14,760 |
60 |
塩基当たりのエラー率 |
1.5 x 10-4 (± 0.2 x 10-4) |
5.3 x 10-7 (± 0.9 x 10-7) |
エラーが発生する塩基数 |
6,456 |
1,870,763 |
正確性 (xTaq) |
1 |
280 |
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正確性のメカニズム |
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簡単に言えば、DNA ポリメラーゼが有する 3'→5' エキソヌクレアーゼ活性により間違って取り込まれた塩基が除去されて、正しい塩基が取り込まれる。この活性は校正機能や Proof Reading Activity と呼ばれることも多いが、基本的にはアーキア由来のポリメラーゼがこの機能を有しており、一方で Taq は有していない。具体的なメカニズムは以下のとおりで、文末の動画も併せて参照すると良い。 |
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1) 正確性ポリメラーゼは元々間違いが起きにくい |
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2) 間違った塩基が取り込まれた場合、塩基対形成が上手くできず、DNA 合成が停滞する (下図、左) |
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3) 間違った塩基部分がエキソヌクレアーゼドメインに結合、除去される (下図、中央) |
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4) 正常に DNA 合成が再開される (下図、右) |
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クローニングにおける正確性の重要性 |
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クローンライブラリー作成や次世代シーケンス用ライブラリー調製の PCR においてポリメラーゼの正確性が重要であることは言うまでもないが、シンプルなクローニングにおいても重要である。正確性が低い Taq DNA ポリメラーゼと正確性ポリメラーゼを比較しながらその重要性を見ていく。 |
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まず、正確性が低い Taq DNA ポリメラーゼであっても、複数クローンをシーケンスすることで正しい配列を特定することは可能である。あくまでも例であるが、6 クローンをシーケンスすると以下のようにそれぞれ異なる場所にエラーが入ったシーケンス結果が得られるが、それ以外の共通塩基が正しいものと推定できる。なお、この例ではすべてのクローンが完全に正しくない配列を示している。 |
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ただし、エラーが PCR サイクル初期に入ってしまった場合、それがサイクルを経るごとに蓄積されるため、どれが正しくどれがエラーであるかの判定がしにくくなる。以下例のように、正確性ポリメラーゼを使えば、このようなことは極めて起こりにくくなる。
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また、エラーは PCR 中の増幅毎に起こり得るため、完全に正しい配列を有するクローンの取得率はポリメラーゼの正確性に大きく影響される。以下は Taq (エラー率:1e-4 subs/base/boubling)、中程度正確性ポリメラーゼ (エラー率:1e-5 subs/base/doubling)、高正確性 Q5 DNA ポリメラーゼ(エラー率:5e-7 subs/base/doubling) を使用して、2 kb を 30 サイクルで PCR した時の各サイクルの正しい産物の割合を示したものである。Taq では 4.7 %、Q5 では 98.8 % の正しい増幅産物が得られる。このことからわかるように、クローニングにおいて完全に正しいクローンを入手するためには、高正確性ポリメラーゼの使用が極めて有効である。
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PCR Fidelity Estimator:各酵素の PCR 正確性をシミュレーション |
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Q5 DNA ポリメラーゼの 5 つの特長 |
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Q5 はアーキア由来のポリメラーゼであり、元々高い正確性 (校正機能) を有している。Sso7d DNA 結合ドメインを融合することによりプロセッシビティと伸長速度、さらに高い正確性が付与された。こうした 5 つの特長 (Five Quality Features) を有することからその名が付けられた。 またオシドリは中国で「愛情、献身、正確」の象徴であることから、Q5 のイメージキャラクターに選ばれている。
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1. 正確 : Taq の 280 倍以上 |
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2. 増幅性 : 高い特異性と収量 |
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3. カバレッジ : 高 AT から高 GC まで様々なターゲットを増幅 |
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4. スピード : 1 kb/10sec で伸長 |
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5. アンプリコンサイズ :~20 kb を増幅 |
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Q5 の高い正確性 |
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下記図に示されているように、Q5 は業界内でも最高レベルの正確性を有している。 正確性は 1 塩基レベル解像度の次世代シーケンス (PacBio) を用いて各種 PCR アンプリコンをシーケンスして評価、 Q5: 5.3 x 10^-7 /base というエラー頻度が得られている。これは 1,870,000 塩基に 1 か所しか入らないことを意味している。なお、ポリメラーゼによって入りやすいエラーが異なると考えられている。 |
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Potapov, V. & Ong, J. L. Examining Sources of Error in PCR by Single-Molecule Sequencing. PLoS one 12 (2017). |
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Q5 は Taq の >280倍の正確性、約 187 万塩基に 1 つのエラー |
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Q5 の高い増幅力 |
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Q5 は正確性だけではなく、高い増幅力も備えている。高 GC/AT 領域の増幅、リピート配列の正確な増幅、さらに低濃度テンプレートからの増幅も可能である。他のポリメラーゼよりも少ないサイクル数での PCR ができ、また nested PCR (2 段階 PCR) ではなくシングル PCR でターゲットが増幅できるようになることも珍しくなく、ゲノムやトランスクリプトーム全体を均一に増幅する必要がある次世代シーケンス・ライブラリー調製にも使用されている。 |
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高 GC/AT 領域も高効率で増幅 |
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GC 含量が異なる様々なテンプレート・領域を各社酵素で増幅、収量と特異性を測定、ドット化した。大きく濃い緑ほど高収量で特異的増幅ができたことを示す。 |
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ターゲットに対応したフォーマットとバッファー |
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増幅対象の GC 含量に応じてバッファーあるいは仕様を変えることにより、20~80 % の広域 GC 含量の増幅に対応できる。スタンダード仕様製品では、付属のバッファーを使えば20~60 %、さらに GC Enhancer を追添加することで 40~80 % が増幅できる。またマスターミックス仕様製品は 30~70 % に対応している。
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増幅対象に応じた 3 つの仕様 |
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